自動運転システムに必要な信頼性


「自動運転になると事故がなくなる」と一般にいわれている.しかしながらヒューマンドライバは極めて優秀であり,自動運転(レベル45)による事故防止は技術的ハードルが極めて高いことを説明したい.

平成28年版交通安全白書によれば,我が国の交通事故死者数は,近年,1億走行台キロあたり約0.5人,交通事故死傷者数は1億走行台キロあたり約90人である(交通安全白書が「死傷者」という表現を使っているのは,「死者」は事故後24時間以内の死者を「死者」として計上し,それ以降の死者は統計上は「死者」として計上されないからであろう).すなわち,死者については1/2億台km,負傷者については1/110万台kmとなる.すべての自動車が一定速度50km/hで走行するものとすると,死亡事故についてのMTBFMean Time Between Failures,平均故障間隔)(1名の死亡事故の平均発生間隔)は,2億台km/(50km/h)4×106台時間=約470台年,死傷事故についてのMTBF1名の死傷事故の平均発生間隔)は,約2.6台年となる.すなわち,1台の自動車については,死亡事故が発生する平均時間間隔は470年,死傷事故が発生する平均時間間隔は2.6年となる.これらの時間は現行の自動車交通におけるヒューマンドライバのMTBFと考えることができる.高速道路上では,事故が少ないことを考えると,このMTBFは高速道路上ではさらに長くなる.このことは,ヒューマンドライバによる運転がきわめて安全であり,同時に自動運転システム(レベル45)が安全に寄与することの証明には膨大な距離の試験走行が必要であり,自動運転機器には極めて長いMTBFが要求されることを示している.しかしながら,居眠り運転時や脇見運転時にはヒューマンドライバのMTBFは年のオーダから秒や分のオーダに極端に小さくなり,これが運転支援システムや自動運転システムが必要な所以である.運転支援システム(レベル12)では,ヒューマンドライバがバックアップしていることになるが,自動運転システム(レベル45)ではそのバックアップがない.自動運転用機器の信頼性は,自動運転システムの導入にあたっての大きな課題である.あわせて「自動運転による死傷者減少数が,自動運転による新たな死傷者増加数よりも小さいならよしとするか」の議論も避けられない.

 機器の信頼性とMTBFに加えてシステム,特にソフトウェアの信頼性も重大な課題である.バグがないソフトウェアを作成することはきわめて困難である.国土交通省の資料によれば,わが国では2007年から2011年までの自動車のリコール件数うち,プログラムミスが,件数ベースで2.9%を占めている.実際,グーグルAV20162月に起こした事故の原因は,「かもしれない運転」でプログラムすべきでありながら「だろう運転」でプログラムした点にあったとされている.

 

 自動運転システムの機器の信頼性とMTBF,ソフトウェアのバグを考えると,現在ヒューマンドライバが運転しているあらゆる環境のもとで,すなわちあらゆる道路環境,交通環境,気象環境などのもとでのレベル5の自動運転は極めて困難で,内閣府の案では2025年目途となっているが,筆者は,実現は遠い将来のことと考えている.


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・自動化レベル45は本質的に異なる点がある.レベル4は条件付きの自動化で条件を厳しくすれば,現状でも可能である.その条件とは,走行場所を専用道にする,走行速度を低くする,などである.2015年に行われたEUのプロジェクトCityMobil2では,10人乗りの小型車両(この車両は日本でも走っている)を時速8kmで走行させたが,他の交通がない専用道では自動運転,他の交通があるところでは手動運転であった.この自動運転車両はレベル4に位置づけられる.1990年代後半にはアムステルダムの空港の駐車場でも自動運転車両が運行されていたが,これもレベル4である.

・飲酒時に運転できなくする装置は既に存在し,外国では飲酒運転で逮捕されたドライバの車には装着が義務つけられている.装着を義務付けない限り,飲酒運転するドライバは装着しないし,飲酒運転しないドライバは装着する必要がないということになり,誰も装着しないことになる.

・自動運転の事故の原因は,プログラムのバグやディープラーニングにおける未学習などソフトウェアだけでなく,ハードウェア,特にセンサの性能など,多くの可能性がある.プログラムのバグはその都度修正されるであろうが,センサの誤検出や未検出(センサの故障ではなく性能上の制約)による事故は,事故後の検証が困難となる場合がある.センサの動作条件を規定するのであれば,これはもはやレベル5の自動運転ではない.

・我が国だけでなく国際的に「自動運転」が「イケイケ ドンドン」であるが,筆者は過大な期待をもつべきではないと思う.ブログの第1回に書いたように,運転支援を「自動運転」とよぶこと自体ドライバに過信させることになる.カリフォルニア州運輸局は州内で自動運転車を公道で走行実験している各社の実験結果を公表している.各社の2016年のデータを総計すると,総走行距離は656,541マイル,自動運転解除の総回数は2578回であり,したがって解除1回当たりの平均走行距離は254.67マイルとなる.解除1回当たりの平均走行距離は各社のデータのばらつきが大きく,最長は5127.97マイル,最短は0.68マイルである.なお公表されたデータでは走行時の気象環境や自動運転解除の理由は明らかになっていない.この実験はレベル3であり,レベル5の難しさがわかろうというものである.

2018年1月25日