自動運転の効果:安全


 前回の話で,自動運転(レベル45)の難しさを述べたが,その難しさにもかかわらず,筆者は自動運転の実用化を目指して研究開発を進めるべきと考えている.その理由は,新幹線やハイテク旅客機に見られるように,自動運転は,事故と渋滞に代表される自動車交通問題の解決に大きく寄与し,人と物の新たな移動手段を提供するからである.いっぽうで自動車交通問題の解決策は自動運転や運転支援だけではないことに留意する必要がある.たとえば信号交差点で車の右左折時の歩行者の死傷事故の防止は,車載の自律型システムよりも歩車分離信号のほうが早期に実現できて効果的であろう.

今回から何回かにわたって運転支援を含めて自動運転の効果について述べる.まずは安全に対する効果から.

 運転支援を含む自動運転の特長は,遅れの少ない認知,判断,操作とヒューマンエラーの排除にある.したがって自動運転によって,認知,判断,操作時の遅れを少なくし,事故の原因の90%以上を占めるとされるヒューマンエラーを排除すれば事故を防ぐことが可能になる.1970年代にダイムラー・ベンツ社が車対車の事故,すなわち交差点衝突事故(我が国では右折車と対向直進車の事故),追突事故,正面衝突事故の3種の事故を解析して事故回避行動をとる時刻と事故回避率の関係を明らかにしている[1].その結果は,もう2秒早く回避行動をとっておればすべての事故は回避可能であり,もう1秒早く回避行動をとっても交差点衝突事故と追突事故は90%回避可能であり,正面衝突事故は60%回避可能であることを示している.すなわち認知,判断,操作において遅れを少なくすれば,事故を回避することが可能になる.

しかしながら自動運転や運転支援の安全に対する効果の実証は未だしである.その理由は,先回述べたように,安全に対する効果の実証には膨大な距離の走行実験が必要だからである.現在米国で自動運転車(安全を確保するためのドライバが運転席にいることが義務つけられているためレベル3である)の公道上での走行実験が行われており,グーグルの自動運転車両は,公道上での走行実験を2009年に開始し, 2016105日には公道上での総走行距離が200万台マイル(約320万台キロ)に達した.近年の我が国の死亡事故が約0.5/1億台キロ,死傷事故が約90/1億台キロであるから,この程度の総走行距離では自動運転車両の人身事故防止効果の検証には不十分であろう.

既に多くの運転支援システムが市場にあり,我が国政府もその性能を評価して公表しているが,実際の事故防止効果についての発表は皆無に近い.そのなかでスバルは,ステレオビジョンをセンサとする運転支援システムEyeSight Ver. 2の事故低減効果を表のように2016年に発表している[2].このシステムは特に追突事故の防止に効果があることがわかる.システムが装備されているときに発生した事故の詳細については明らかにされていないが,そのような事故はおそらくシステムの動作範囲外で発生したのであろう.このシステムは,運転支援システム(レベル2)であり,ヒューマンドライバがフィードバックループに含まれる状態で利用される.

 

参考文献

[1] H. Metzler: Computer Vision Applied to Vehicle Operation, SAE Technical Paper 881167 (1988)

[2]富士重工業(株)プレスリリースhttp://www.fhi.co.jp/press/news/2016_01_26_1794/ (2016)


スバルEyeSight Ver. 2の効果
スバルEyeSight Ver. 2の効果

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・全体的回答にも記したが,自動運転(レベル45)でなければ安全は実現できないということではなく,運転支援で十分に安全は実現可能であることを認識すべきである.しかし運転支援のあり方にはシステムの過信という重大な課題が存在する.この点ついては既にこのブログで取り上げている.

・スバルのデータの読み方には注意が必要である.このデータが示しているのは追突事故の減少であり,そのうちの人身事故の減少やアイサイト装着車の事故の原因については言及していない.

・歩行者の検出は最も困難な課題であるが,VGA仕様の近赤外線カメラ(波長850nm)は経産省の自動運転トラックの隊列走行プロジェクトで用いた.

 

・「レベル3」の回答にも記したが,新幹線や航空機では,膨大なインフラストラクチャを前提に訓練を受けた運転士やパイロットが電車や航空機を管制センタからの指示で動かしている点が自動車交通と本質的に異なる点である.

2018年1月25日